夢見るうなぎたちの寝床   こばやしぺれこ


 「うなぎの寝床」という言葉がある。間口が狭くて奥行の深い家の例えで、昔の京都の町家なんかをそう呼ぶらしい。

 実際、うなぎはそんなところで寝ているのだろうか。

 一度見たことがある。正確には、うなぎに似た別の魚の寝床だが。
 それはとある水族館でのことだった。水族館といえば海水魚の展示が主なイメージがあるが、その水族館には淡水魚の展示も多くあった。
 その水槽は淡水魚コーナーにあった。他の水槽に比べれば小さいのかもしれない。しかし日常でみるどの水槽よりも巨大なその中には、大小の塩ビパイプが縦にも横にも大量に積まれていた。
 一体なにが居るのだろうか。目を凝らすと、生き物の姿は容易に発見できた。
 パイプの中から魚の顔が覗いている。ひとつだけではない。多量に積まれたパイプの、そのほとんどに魚の顔は収まっている。
 普段見る扁平な魚の顔とは違う。それこそうなぎのような、立体的で円筒に近い形状の顔だ。目はつぶらで、口は意外と大きく、うちわのようなヒレを身体の両側面にそろえている。
 ポリプテルス、という魚であるらしい。私は水槽の脇に貼られたプレートでそれを知った。うなぎとは、まあ親戚のようなものであろう。
 ははあこれがうなぎの寝床か。と私はそれを見た瞬間頷いた。
 確かに間口が狭く、奥に深い作りをしている。うなぎ(というかポリプテルスだが)は、そこにぴったりと収まり動くことはなかった。快適、なのであろう。
それが縦横に積まれているこの状況は、さしずめうなぎのマンションであろうか。

 私は学生時代に暮らしていた六畳一間のマンションを思い出していた。築年数は当時の私よりも年上で、風呂もトイレもあることにはあったが狭くて汚かった。
 今の生活に比べれば、なぜ暮らしていられたのか甚だ疑問ではある。だがそれでもあの時の私は、狭くて古い部屋でも快適に暮らしていたのだ。塩ビパイプに収まるうなぎたちのように。
 当時の私には夢があった。いつの日か銀幕のスターになるという夢が。
 今の私には家族がある。心優しい妻とかわいい一人娘が。
 銀幕に登ることはついぞ叶わなかったが、そこに関わる仕事にはつけた。そこで出会った妻とは、二枚貝のように円満な生活を送っている。
 今の私には、六畳一間は狭すぎる。

 ぐずり始めた娘に手を引かれ、水槽の前を離れる。
 塩ビパイプに収まったうなぎたちは、どんな夢を見るのだろうか。





こばやしぺれこ
作家になりたいインコ好き。溶けたり固化したり

だからポリプテルスだってば